皆様、更新が2週間ぶりになってしまい申し訳ございません。
ご心配をおかけしました。
私は元気です。
実はG.W.明けの7日から、大好きだったばあちゃんとお別れをするために、
急遽母の実家がある島根県津和野町まで行っておりました。
先週末には帰って来たのですが、急な休みと遠出だったため、
やる事がたまり、帰ってからもバタバタとしておりました。
もう色々な意味で落ち着きました。
僕は幼稚園児だった頃から中学校に上がるまで、
毎年夏休みの間は祖母の家で暮らしていました。
テレビも映るチャンネルは3つ、お風呂は自分で薪を燃やして温める五右衛門風呂、
虫だらけで家の中にムカデがでたり、周りは山だらけで何も無し。
それでも毎年ばあちゃんの家に行くのが楽しみでした。
僕はばあちゃんが大好きで(母親と違って怒らないから好きと言っていたらしい)
いつもばあちゃんの後ろをくっついて歩いていたので、
周りからは「お前はばあちゃんの金魚の糞だなぁ」とよく言われてました。
いつも本当に元気でバイタリティがあって、いっつもニコニコ笑っている
とっても笑顔の素敵なばあちゃんでした。
僕は自分の笑顔が好きだけど、それはばあちゃんから受け継いでる物なんだね。
毎日畑仕事に行くばあちゃんの後ろを歩き、お手伝いをしたり、
その場でトマトやきゅうりを取って洗って食べたり、
そして最大の楽しみのスイカを取って、
家の裏にあった湧水のタンクで冷やして食べたり、
カブトムシやクワガタをいっぱい捕まえたり、
家の前を流れている川に入って遊んだり、
毎朝ラジオ体操に通ってハンコをもらうのが楽しみだったり
地元の小学校に行ってプールに入らせてもらったり、
村の近所のおばあちゃん達に交じって一緒にゲートボールしたり、
隣の家の牛にご飯をあげたり、
・・・
本当に思い出したらきりがない。
そして涙も止まらない。
東京では味わう事の出来ない数々の経験をしてきました。
こういったたくさんの思い出は、今の僕を形成している大事な一部です。
あの経験が無ければ、今の僕は悪い意味でもう少し違う自分になっていたと思う。
ばあちゃんは93歳でした。
本当は元気なうちに奥さんやひ孫を見せてあげたかったけど・・・
その辺はきっと怒ってるだろうな。
しっかりせにゃいかんよ!って。
でも僕の仕事は喜んでくれてました。
昔NHKの時代劇ドラマに出た時は近所にも自慢していたそうです。
ばあちゃんは東京に来たこともありました。
ディズニーランドにもシーにも一緒に行きました。
スターツアーズに乗って大はしゃぎして、出た後に今のは一体何だったの??と
物凄く不思議そうにしていた顔が今でも思い出されます。
上野のお蕎麦屋さんに僕の知人と一緒に行って、
日本酒をいっぱい飲んでビックリさせられた事もあったっけ。
本当に、本当に素敵なばあちゃんでした。
ばあちゃん、いっぱいいっぱい素敵な思い出をありがとう。
ばあちゃんと一緒に過ごした時間は宝物、
学んだ事や経験した事は僕の人生に大きく影響を与えているよ。
いずればあちゃんに紹介できるような奥さんに出会えたら、
必ず報告に行くからね。
そして絶対にひ孫の顔も見せに行くよ。
笑顔あふれるばあちゃんでも、若い頃からいっぱい苦労したと聞いてます。
最期は病院での生活が長く苦しかったでしょう。
もう大丈夫だからね。
ゆっくり休んでね。
じいちゃんと天国で仲良く暮らしてね。
そしていつまでも見守っていてね。
ばあちゃんはいつでも、そしていつまでも僕の心の中にいます。

安野恭太
・・・よしあきより
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